イエスがベツレヘムで生まれた時、そのすぐ近く、エルサレムに異国より、三人の博士たちがやって来ていた。
しかし、町中で、三人の博士は立ち往生していた。
博士の一人が、もう一人の博士に向かって、にっこり微笑む。
「いったい、救い主はどこにいるのかしら、レイ」
優しい声で言う。
本当に、優しい声だ。
「ねぇ、どこ?」
「……………さぁ」
「………さぁ?」
「……わからないということだ………」
「そう、わからいの」
「あぁ」
簡素な返事を返す博士―レイに、微笑む博士―ルナマリアは、ふいにその瞳を尖らせた。
レイの胸倉を掴み上げ、振りまわす。
「あんたでしょう、あんたでしょう!?救い主が生まれた、拝みに行こう、とかなんとか言ってあたしたちを引っ張ってきたのは!」
数日前の晩。
星見をしていたレイは、東の方で一様に輝く星を見つけ、それが救い主の生まれを告げるものだと読み取った。
そして博士仲間のルナマリアともう一人を連れ、東―エルサレムの方―にやって来たのである。
「その、あんたが!ここまで来て、救い主の居場所を知らないとか言う!?」
信じられない、とルナマリアは天を振り仰いだ。
締め上げられたレイは、何も答えない。
いや、答えられない。
その顔は青ざめ、窒息寸前だった。
それまで静観していたもう一人の博士―シンはその様にぎょっとする。
「お、おいルナっ!気持ちはわかるけど、殺しは駄目だ!」
そう言って、シンは慌ててルナマリアを背後から抑えた。じたばたと暴れられるが、離すまじと頑張る。
解放されたレイは、荒ぐ息を落ち着かせながらルナマリアを見た。
「大丈夫、だ。きっと、この町の誰かが知っているだろう。……聞いて回ってみよう」
「あんたがねっ!」
「………もちろんだ」
ルナマリアの凄みのきいた剣幕に、レイは無表情のまま頷く。
しかし、シンは見た。
その仮面のような表情が、少しだけ引きつるのを。
「レイ……頑張れ」
と小さくエールを送ると、すかさずルナマリアがシンを見て
「あんたも一緒に聞いて回るのよ」
「俺も!?」
「当たり前じゃない」
「な、なんで……!」
抗議の声を上げるシンに、ルナマリアは殺気ばしった睨みを向けた。
「その方が早いからに決まってるでしょう!?というかいい加減放しなさいよっ」
そして、レイとシンはエルサレム中の人々に、救い主のことを聞いて回っていった。
異国より来た博士らが、『お生まれになった救い主はどこにいるか』と聞き回っていることは、ヘロデ王の耳にも届いた。
救い主が生まれたということは、王にとって初めて知ったことであった。
「どういうことだ!?救い主とはなんだのことなんだ!」
ヘロデ王のヒステリックに近いその叫びに、王の従者は持っていた資料をめくった。
「王、祭司長たちと民の律法学者らの報告によると、救い主は預言者に記されていたそうだ。えーと、なんでも今の時代を救うべき者だってさ」
「なんだと!?……いや、ちょっと待て。お前はなんでタメ口なんだ?」
「あん?」
「俺は王で!お前は従者だう!」
普通は敬語だろうっと怒鳴る王に、従者はけたけたと笑った。
「何言ってるんだよ。俺たち昔っからの馴染みじゃないか」
「そ、そうだったか?」
「あぁ、そうだった。でさ」
王の抗議を軽く流し、従者は話を戻した。
「その救い主はまだ生まれたばかりで、今はベツレヘムにいるそうだ」
「ベツレヘム………すぐ近くじゃないか」
そこで王は腕を組み、思案した。
救い主、そんな者はこのヘロデの時代に必要はない。
それどころか、どんな火種になるかわかったものではない。
やはりここは………
「殺すべきか………」
「うわっ、酷いこと言うねぇ」
やだやだと資料をぱたつかせる従者に、王は顔を真っ赤にした。
「し、仕方ないだろうがっ!幼子を手にかけるのは気が引けるが、これも国のためだっ!」
「あーはいはい。王様は大変だねぇ」
ふぅーと肩をすくめる従者に、王は腹立たしげに命じた。
「いいから、その異国の博士らを呼べっ」
「ちょっと、あんた達何したのよ!?」
「な、何にもしてないって……!」
「ただ町中の者に救い主はどこだと聞いただけだ」
「その時、何か悪さでもしたんじゃないの?」
「だから何してないって………!」
王座の前に並んで膝をついた三人の博士は、小さく互いを小突きあう。
急に王に呼ばれたのはなぜか。
三人は不思議でならなかった。
ひそひそとする博士らに、ヘロデ王は威厳溢れる声で言う。
「貴様らは、この東の地で生まれた救い主を探しているそうだな」
三人は顔を見合わせ目を瞬くと、揃って頷いて見せた。
「はい、その通りです」
「王は、救い主がどこにいるかご存知なのですか?」
「あぁ、知っている。教えて欲しいか?」
知っている。
その言葉に、博士らは顔を輝かせた。
「はいっ、ぜひ!」
シンが勢い込んで頷くと、王は不適に微笑んだ。
「いいだろう………その代わり、条件がある」
三人の博士は、王の前からさがると、急いでエルサレムを出た。
目指すは、ベツレヘム。
救い主がいるという町だ。
「やっと救い主を拝めるのね」
ルナマリアはラクダに跨りながら上機嫌に笑う。
しかしその隣と、反対隣にラクダを並べたシンとレイは彼女に比べてあまり浮かない表情だった。
「どうしたの二人とも。暗いわねぇ」
「……ルナは、王の出した条件を不審に思わなかったのか?」
「え?」
ルナマリアはきょとんとした。
王の出した条件。
それは、救い主の居場所を教える代わりに、救い主について調べて来て、見つかったら自分に知らせろということだった。
理由は、自分も拝みに行きたいからとのこと。
「あの言葉には、何か裏がある………」
レイは声を鋭くさせ、そう呟いた。それにシンが頷く。
「うん………絶対、拝みに行くっていうのが、本当の理由じゃない」
「……もしかしたら、王は………」
「もしかしなくても、あれは怪しいじゃない」
ルナマリアが、きっぱりと言った。
その反応に、シンとレイは―――レイにいたっては本当に微かにだが―――驚いたように目を大きくする。
「え、断言?」
「それは……早過ぎるんじゃないのか………?」
「なーに言ってるの。あんなの、顔見ればわかるじゃない」
「顔?」
首を傾げるシンに、ルナマリアはふっと笑った。
「あの王さま、ものすごく顔にでるたちね。怪しまれないよう、穏やかに言っていたつもりらしいけど、明らかに表情は強張ってたわ」
自身満々でルナマリアが言うと、シンは怪訝そうにレイを見遣る。
「……本当か?レイ………」
「………」
レイは、無言で首を傾げた。
「あんた達と違って、あたしの目は節穴じゃないのよ」
ルナマリアは勝ち誇ったように高笑いをする。
何となく悔しくなってシンは、じゃあと口をついた。
「こんな風に俺たちはベツレヘムに向かっちゃいけないんじゃないか?」
「は?なんでよ」
「いや、だから王が目論んでいることがあるかもしれないのに、救い主に会いに行くのは…………」
「そんなの、王に報告しなかったらいいだけじゃない」
何でもないことのように、ルナマリアは言った。
シンはえぇっと目を剥く。
「ちょ……それじゃあ、王に背くことになるんじゃ……!」
「それがどうしたのよ。シン、あたし達は異国の博士よ。い・こ・くの!なんで違う国の王さまに従わなきゃいけないの」
「そ、それは………」
「救い主を見つけても、王さまの所には戻らない。報告しない。はい、これ決定!」
ぱんぱんと手を叩き、ルナマリアは無理矢理話を終わらせた。
シンはまだ少し納得できずにいたが、ルナマリアに一睨みされると、口をつぐみ黙々とラクダを操っていく。
無言のままラクダを進めていたレイは、こっそりと、ため息をついた。
ベツレヘムまであと少し。
第五幕・終了
‐あとがき‐
博士×3とヘロデ王と従者が登場しました。
今までで一番楽しかったかも………(笑)
三人の博士らのやりとりが書いてて面白かったです。
ものっすごいオリジナルですけど。
こんな博士たちいたら嫌ですよね(汗)
というか女の、しかも姉御肌の博士って………;
ヘロデ王も全然違うし……従者なんて完璧オリジだし;
聖書の世界を崩しすぎてどうしましょうって感じです。
でも次はもっと崩します(ぉい)
やっとこさ全員集合。(王と従者はのぞく)
一幕で書ききれるか、心配です。もしかしたら後二幕くらい続くかも………スイマセン。
UP:04.12.24
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