イエスが生まれたその日の晩。
同じ地方で、羊飼いたちが野宿をしながら羊の群れの番をしていた。
 
「………あぁ、寒っ」
 
一人の少年が体を震わせ、忌々しげに言った。
その近くで、地べたに腰を下ろし焚き火に当たっていたもう一人の少年が、呆れたように息をつく。
 
「アウル、じっと火に当たっていれば少しはマシだぞ」
「それは嘘だね、スティング。そんなちっぽけな火、全然暖かくねーよ」
 
動いていた方がまだいい、と舌をつき出してくる少年――アウルに、もう一人の少年――スティングは勝手にどうぞ、と肩をすくめた。
 
「というかさ……何でボクらだけで羊と一緒に野宿なんだよ……三人でなんて、無茶だっての」
 
ぐるぐると焚き火の周りを歩きながら、アウルはぼやく。
それにスティングは何の気なしに答えた。
 
「仕方ないだろう。まともに羊の番が出来るのは俺とお前と、ステラだけなんだから。ネオの命令だし」
「あぁ、そーですか」
 
けっと毒づき、アウルは再び寒い寒いと言いながらぐるぐると回る。
しかし、ふいにその動きを止めた。
 
スティングは首を傾げる。
 
「どうした?」
「いや……あのさ」
「なんだ」
「………………ステラどこにいるの?」
「は?どこってそこらへんに………」
 
いるだろう、とスティングはきょろきょろと辺りを見回す。
何度も見回す。
何度も、何度も。
 
それでもステラの姿はなかった。
 
「――――どこいった、あいつ!?」
「知らないって!ボクが最初に聞いたんだろっ」
「あーもぅっ!とにかく探せ!」
 
 
スティングとアウルは、あちらこちらを探し回った。
しかし、離れた所まで行っても、ステラの姿はなかった。
 
「どこだよ、あの馬鹿っ」
「おい、アウル!もしかして………」
「なに?」
「………あの中じゃ………」
 
そう言ってスティングが指したのは、何十匹といる羊の群れ。
アウルは頬をひくつかせる。
 
「………あの中を探せってか?」
「………仕方ないだろ。やるぞっ!」
「―――っわかったよ!」
 
半分やけになったように、二人は羊の中に押し入っていった。
掻き分けても掻き分けても羊の波に襲われる。
 
そして、やっとの思いでステラの姿を探し当てた。
ステラは、もさもさとした羊の毛皮の中に埋もれていた。
 
「ステラっ」
 
スティングが安心したようにその名を呼ぶと、ステラは閉じていた瞼を震わせる。
そしてのろのろとそれが開かれると、焦点の合わない瞳が虚空をさまよった。
 
「……おいっ、起きろ!」
 
ぼうっとするステラに、アウルは苛立ちながら言った。
するとその声に意識がはっきりとしたのか、ステラはやっとスティングとアウルの存在に気がついた。
 
「スティング……アウル………どうしたの?」
 
もう朝?
 
と聞いてくるステラに、スティングは脱力し、アウルはきつく眉根を寄せる。
 
「何言ってんだ、お前!羊に埋もれて何やってたんだよ!」
「何って………………寝てた」
「そんなこと見てわかるっての!何で、羊の所で寝てたんだってことだ!」
「……………あったたかったから…………」
「はぁ!?」
 
片眉を跳ね上がらせたアウルに、ステラは小首を傾げた。
なぜアウルが怒っているのか、わからない。
 
しかしふと、思いついた。

「あ……もしかして………アウルも羊と寝たかったの?」
 
寒いもんね、今日。
 
と一人納得するステラに、アウルは大きくのけぞる。
そして、姿勢を戻すと同時に
 
「――――そんなわけあるかっ、ぶぁーか!」
 
と言った。
思いきり罵声を浴びせられ、さすがにステラもむっとする。鋭い瞳でアウルを睨んだ。
 
「お、おい………!」
 
ステラの目つきが変わりかけていることにいち早く気付いたスティングは、慌てて二人の間に割って入ろうとした。
 
すると次の瞬間。
 
闇に包まれたこの場所に、まばゆい光が溢れた。
 
突然のことに、群がる羊は騒ぎ出し、三人の羊飼いは驚きの中も互いを護るように身を寄せ合う。
 
「な、んだよ、この光………!」
「知るか!ステラ、離れるなよっ」
 
そう言ってきたスティングにステラはこくりと頷いた。
そして、目をすがめ光が放たれる中心を見遣る。
 
「………え?」
 
ステラはきょとんとした。
光の中に、何かを見つけたようだ。
 
「……スティング、アウル………人がいる」
「は?」
 
怪訝そうにしたのはアウルで、スティングはステラの指差した方を見た。
そして、目を見開く。
 
「………違うステラ……あれは人なんかじゃない………」
 
天使だ。
 
スティングが呆然とそう呟くと、ステラは目をしばたかせた。
 
「て、んし………?」
 
そうしてもう一度光を見遣ると、眩しすぎたそれは徐々に引いていき、はっきりと中にいた者達を見せた。
 
二人の男女――らしき者―――だ。
背中には純白の翼をもち、その体は光に包まれている。
 

あぁ、これが天使………
 

ステラは、初めて見た天使の姿に、感嘆にもにた息をもらした。
生きている間に天使を見ることなど出来ないと思っていた。だからステラは素直に感動する。
だが、疑問もあった。
 
「………どうして……天使がここにいるの………?」
 
ステラがそう言って首を傾げると、女――に見える方――の天使が、歯を見せ笑った。
 
「安心しろ、羊飼いたち。私は神の使いガブリエル。それでこっちのは………むぐっ!?」
 
ガブリエルは言葉の途中で男――に見える方――の天使によって口を塞がれる。
そして天使はにっこりと羊飼いたちに笑顔を向けた。
 
「ガブリエルの恋人兼お付きの天使だ。よろしく」
「………っ誰が恋人だっ!」
 
天使の手を逃れたガブリエルは、目を剥いて怒鳴る。天使はにっと笑った。
 
「今回は俺の勝ちだな」
「口を塞ぐなんて卑怯だっ!」
「頭がいいと言ってくれ」
「どこがだ、このバカ天使!」
 
顔を真っ赤にして声を荒げるガブリエルを天使はまぁまぁとなだめて、流す。そして、きりっと真面目な顔になった。
 
「ガブリエル、早く羊飼いたちに伝えなくていいのか?」
「そ、そうだった!………っだから様を付けろ!!」
「はいはい」
 
べっと舌を出した天使に、ガブリエルはまた怒りが沸いてきたが、押し留まる。
急がなくては行けないのは事実だからだ。
 
ガブリエルは咳払いをし、改めて羊飼いたちに向き直った。
 
突然現れて長々と痴話喧嘩のようなものをしていたかと思えば、いきなりこちらを向いた(自称)神の使いに、羊飼いたちはびくりと体を強張らせる。
 
「な、なんだよ……ボクたちに何のようだっ」
 
明らかに警戒した様子のアウルに、ガブリエルは苦笑いを浮かべる。
 
「あぁ、恐がらなくていいんだ。私たちはお前たちに伝えるべきことがあって来た」
「俺たちに、天使が伝えることが……?」
 
スティングは信じられないと瞠目した。
 
身分が低く、周りから蔑まれがちの羊飼いに、神の使いが何を伝えるというのか。
 
そう訝しむ羊飼いたちに、ガブリエルは穏やかに微笑む。
 
「今の世に苦しむ民たちの代表として、お前たちは神に選ばれたんだ。お前たち程、民の苦しみをわかる者はいない。そしてそんなお前たちにこそ、確かめる義務と権利を持っているんだ」
 
救い主の誕生を。
 
そう毅然と告げたガブリエルに、羊飼いたちは各々、目を見開いた。
 
「救い主………?」
「そんな奴が、産まれたのか?」
 
あ然とするスティングとアウルに、ガブリエルは大きく頷くと夜空に指を向け、一際輝く星を指した。
 
「あの星の下、ダビデの町に今夜生まれた。今は母マリアと父ヨセフの側で、飼葉桶の中に眠っている。行って見てくるといい」
 
そして、ガブリエルは穏やかな笑みを羊飼いたちに向けた。
 
「先程は義務だといったが、行くか行かないかは自分達で決めろ」
 
そう言い置き、ガブリエルは踵を返した。それに伴う天使も、一度羊飼いたちを見遣り、何も言わぬまま背を向ける。
 
また光が溢れ出した。
 
「あ、待ってくれ………!」
 
スティングがそう手を伸ばしたが、光は構わず大きくなり、消えた時にはガブリエルたちの姿はなくなっていた。
 

残された三人の羊飼いたちは、嵐のような御使いの訪問に、ただ言葉を失っていた。
 
メェーと、いつの間にか落ち着いていた羊が小さく鳴いた声ではっと我に返る。
まるで夢でも見ていたかのような気分だった。
 
「……一体、何だったんだ………?」
 
呆けた声でそうアウルに尋ねられ、スティングは頭を振る。
 
「知るかよ………それより、どうする?」
「何が?」
「あの、ガブリエルとかいう天使の言ったことだよ。ダビデの町に、行くか行かないか………」
「……あんな怪しいの、信じられるか?」
 
眉を歪めるアウルに、スティングは黙った。
正直なところ、スティング自身先程のことは信じきれないものがある。
 
羊飼いは、苦しい生活の中、神に祈るという心の余裕が他の民に比べて少なかった。
その為、いきなり神の使いだ、救い主が生まれた、と言われても、簡単には信じられずにいた。
 
どうするべきか、と悩むスティングに、今まで黙っていたステラが小さく口を開いた。
 
「………行こう」
 
そう言って唐突に立ちあがったステラに、スティングは目を瞬く。
 
「ステラ?」
「なんだ、お前。あんな胡散臭いの信じるのかよ」
 
眉間にしわをつくるアウルに、ステラは空を指差して見せた。
 
「………星は綺麗よ……」
「は?何言って………」
「ガブリエルさんが指した星は、本当に………綺麗」
 
ステラの、微かな笑みと共に言われた言葉に、アウルとスティングは顔を上げて星を見た。
 
幾千万もの星が輝く夜空で、それでもすぐに目に付くその星は、今まで見たことがないくらい澄んだ光を放っていた。
 
優しく。
暖かく。
穏やかに。
 
星は輝いていた。
 

「……確かに、綺麗だ」
 
ぽつりと呟き、スティングはおもむろに立ち上がった。
見上げてくるステラに微笑む。
 
「行こう、ステラ。せっかく神の使いが来てくれたんだ。行かなかったら罰が当たりそうだしな」
「………うん」
 
こくんと頷き、ステラはアウルに視線を落とした。
じぃっと見つめられ、アウルはばつが悪そうに顔を渋める。
 
「―――ったく、わかったよ!行けばいいんだろ、行けば!」
 
仕方なさそうに、アウルは立ちあがった。
そしてぶつくさ文句を言いながらも、羊たちを集め出したアウルに、スティングとステラは顔を見合し、小さく笑った。
 

その後、三人の羊飼いたちは、救い主のいるベツレヘムに向かった。
 
 
第四幕・終了
 

‐あとがき‐
 
連合三人組、揃って書いたのは初でした。
なんか兄弟風ですね。まぁ、兄弟だと思って書いたんですけどね(笑)
 
てかやっと羊飼いが出せました。
ガブとバカ天使の夫婦漫才コンビも再登場。出番少なかったけど。
 
もう、半オリジナル化してます。
聖書ではこんなに羊飼い同士の会話もやり取りもないです。あと、こんなキャラじゃない(当たり前)
 
さて、次は博士です。ザフト三人組です。
そしてその次には全員集合です。(多分)
 
もう少しですので、お付き合い下さい………(土下座)
 
UP:04.12.24
 
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第四幕