ヨセフとマリアが夫婦となって数ヶ月後。
 
時の皇帝アウグストが、全世界の人口調査をせよという勅命を出した。
その勅命に従うべく人々は皆、登録をする為にそれぞれ自分の町へ帰っていった。
 
ヨセフもダビデの家系であり、またその血統であったのでユダヤのベツレヘムというダビデの町に上って行った。そしてそれは、身重である妻マリアも連れてのことだった。
 
 
 
「マリア……大丈夫?」
 
心配そうに、ヨセフはラクダの上で揺られる妻を見上げた。
そんな彼にマリアは淡い笑みを浮かべる。
 
「大丈夫ですわ。ですが私よりも、ヨセフさまの方がお疲れなのではありませんか?」
 
一人ラクダに乗るマリアは、ずっと手綱を引いてくれるヨセフを気遣った。ヨセフは軽く首を振る。
 
「僕はいいんだ。君は自分とその体に宿る子供のことを考えていて」
 
そこまで言って、ヨセフは表情を少しだけ曇らせた。苦々しげに眉を寄せる。
 
「もうすぐ産まれるという時に、君を長旅につかせてしまうなんて……本当にごめん」
 
本当にすまなさそうに、ヨセフはマリアに謝った。
それにマリアは目をしばたかせる。
 
「ヨセフさま、何を謝られる必要があるのですか。あなたは何も悪くはないのに」
「でも………」
 
それでも、自分がダビデの子であるせいでマリアに苦行をしいている。
もしもマリアと子供に何かあったら………
 
嫌な考えが脳裏をよぎり、ヨセフは手綱を握る手に力を込めた。
 
「本当は、君を連れてくるべきじゃなかったんだ………」
 
そう呟くヨセフに、マリアは黙った。そして少し考えると、よいしょと上体を傾け手を伸ばした。
何かに触れようとしたその手は、空気をきる。
 
「あらあら、届きませんわ」
「……マリア、何を……というかそんなに乗り出したら危ないよ……!」
 
揺れるラクダの上で微妙なバランスを保つマリアに、ヨセフは慌てて近づく。ラクダを止め、マリアの体を安定する場に戻した。
ヨセフはほっと息をつくと、顔を上げてマリアを見遣った。
 
「マリ………」
「あぁ、よかった。これで届きますわ」
 
ヨセフの言葉を遮り、マリアは嬉しそうに言った。そしておもむろに再び手を伸ばす。
今度は、ちゃんと触れることができた。ヨセフの頬に。
 
驚くヨセフに、マリアは柔らかな笑みを浮かべた。触れた頬を優しく撫でる。
 
「ヨセフさま……私はあなたの妻です。あなたとずっと共にいることを神さまに許された者です。ですから、そんな寂しいことを言わないで下さい………一緒にいさせて下さい」
「マリア………」
「お腹の子も、言っていますわ。お父さまと共にいたいと。産まれる時に、傍にいて欲しいと」
 
そう言って、マリアはにっこりと笑った。
ヨセフはその笑顔に頬を赤く染める。それを隠すように、マリアの手に自分のそれを重ね、より強く頬に押し付けた。
 
「……うん………傍に、いるよ………」
 

ずっと共にいる。
神の使いとの誓いもあるが、そんなものがなくても、マリアと生まれてくる子供の傍にいたい。
 
ヨセフは心からそう思った。
 
穏やかに微笑むヨセフに、マリアは花が咲いたように笑った。
 
 
 
 
 
数日後、ヨセフとマリアはベツレヘムに着き、登録を行った。
しかし、その滞在中にマリアはとうとう月が満ちてしまった。
 

「お願いします、どんな部屋でもいいんです。子供が生まれそうなんです……お願いします……!」
 
ヨセフは必死に町中の宿屋を回った。
どんどん酷くなる痛みに苦しむマリアを、どこでもいいから休ませたかった。
しかしどの宿屋も客が溢れており、一室も空いてはいなった。それどころか、産気づくマリアを泊めること自体を拒んでいた。
 
もうどうすることもできず、ヨセフは痛みに苦しむマリアの体を抱きながら、悔しげに歯を食いしばる。
 
「どうすればいいんだ………このままじゃ………」
 
絶望感に苛まれるヨセフは、ふと背後に人の気配を感じた。マリアを抱く腕の力を強めながら、振り返る。
するとそこには、一人の少女が立っていた。
 
「君は………」
 
ヨセフには、この少女に見覚えがあった。
高い位置で髪を二つに結った可愛らしい少女は………
 
「さっきの、宿屋の………」
 

すまないが満室だから、と他の所に比べ、本当にすまなさそうに断ってきた宿屋を思い出す。
この少女は、そこの主人の娘だ。
 
緊張しているように、体をすくませる少女に、ヨセフはできる限り表情を和らげた。
 
「僕たちに、何か用かな……?」
 
そうヨセフが尋ねると、少女はこくんと頷く。そして意を決したように言った。
 
「こ、子供が生まれそうなんですよね………」
「え、うん……そうだけど、産める場所が………」
「じゃ、じゃあよかったらですけど……わたしに付いて来て下さい」
「……え?」
 
目を瞬くヨセフに、少女は勢いづけて言った。
 
「一つだけ、空いている場所があるんです……!」
 
 
 

少女に連れられ、ヨセフたちがやって来た空いている場所。
 
それは、少女の家である宿屋の隣にある、馬小屋だった。
少女は馬小屋のドアを開けながら口を開く。
 
「父があなた方が宿屋を見つけられていなかったら、ここに連れてきてやれと言ったんです」
 
父とはこの宿屋の主人だろう。唯一ヨセフ達を気遣ってくれた人だ。
 
「ここにはたまにお金がないと困っている旅人を泊めてあげてるんです。だから………あ」
 
ヨセフを振りかえった少女は、口をつぐんだ。
馬小屋を見て言葉を失っているヨセフに、顔を曇らせる。
 
「や、やっぱり……こんな所嫌ですよね………」
 
子供を産むのに、馬小屋なんて普通は嫌だろう。不衛生だ。
 
きっとヨセフもそう思っているのだと思い、少女はしゅんとする。
うつむいてしまった少女に、ヨセフははっとして慌てて頭を振る。
 
「い、いやそうじゃないんだ。嫌だなんてとんでもない!助かるよ」
「でも………」
 
呆然としていたヨセフに、少女はそう言われても信じることができない。
 
「えっと………」
 
ヨセフは頭を掻きながらどう答えようか迷う。
するとラクダに身を預けていたマリアが、声を上げた。
 
「娘さん……」
「え?」
「……どうも……ありがとうございます………喜んで、泊まらせて頂きますわ……」
 
そう言って、苦しみを隠して微笑むマリアに、少女はほんのり頬を赤くする。
その様子に、ヨセフは微笑を浮かべた。
 
「僕からもお礼を言うよ……どうもありがとう。ご主人にも、どうか伝えておいてほしい。大切な馬小屋を貸して頂き、本当に感謝しますと」
「は、はいっ」
 
少女は、満面の笑顔で頷いた。
 
 
 
そうして、数時間後。
 
マリアは後の世の救い主を、この世に産み落とした―――――
 
 
 

第三幕・終了
 
 
 
‐あとがき‐
 
救い主誕生です。
本当にちゃっちゃか産んでもらいました(笑)
ちゃっちゃかしすぎて展開早すぎです。スミマセン(汗)
 
今回はガブリエルとバカ天使はお休み。
なのでちょっとマジメちっく。
だけど彼らの夫婦漫才がないのはちょっと寂しいなぁ………(ぇ)
 
その代わり、宿屋の娘が登場。つまりメイリンです。でもそうやって設定言っておかなきゃ全然わかりませんね。あはははは(笑うな)
 
えーと。次は羊飼いです。彼らはキャラの名前そのままです。じゃないと書き分けられないから(苦笑)
マリアと同じくらいぽややん羊飼いにご注目v
 

UP:04.12.23
 
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