視線。
 
 
 
 

私はいつもあの人を見ている。
 
凜とした表情でいつも完璧に仕事をこなすあの人。
怒ると子供のように感情を表に出すあの人。
対する口調はきついけれど、誰より部下を、仲間を信じているあの人。
 

時たま、不器用な優しさを向けてくれるあの人――――
 

私はいつも、いつもあの人を見ている。
決してあの人がこちらを見てくれることなどないとわかっていても。
 
視線が、絡むことなどないとわかっていても。
 

私はあの人を――――
 

「………ス」
 

………
 

「シホ・ハネンフース!」
 

「――――っ!」
 
褐を入れるようなきつい声に、シホは我に返った。
うつむいていた顔を上げ、背筋を伸ばす。
 
「は、はいっ!何でしょう、隊長!」
 
シホは張り詰めた声を上げ、上司である隊長イザークに敬礼をした。
シホのすぐ目の前に立つイザークは、呆れたように息をつく。
 
「何でしょう、じゃない。さっきから呼んでいるのに、反応がなかったから声を張り上げただけだ」
「え………」
 
隊長が呼んでいた?
 

物想いにふけっていたせいか、全く気付かなかった。
シホは情けなさと羞恥で頬を赤くする。
 
「も、申し訳ありませんでした!」
 
シホは勢いよく頭を下げ、精一杯の謝罪の意を表そうとした。
しかし、勢いよくしすぎたせいか。
 

シホの長い髪が、反動でイザークの顔を正面からはたいてしまった。
 
「………っ!」
 
言葉ならない声をイザークが上げる。そして手で顔を覆った。
 
シホは今度は真っ青になり、口をぱくぱくとさせる。
もぅ謝罪の言葉さえ出ない。
 

沈黙が流れた。
 

シホはいつまでも謝ることができず、していたことと言えば、瞬きをしないようにしてたこと。
 
瞬きをすれば、涙がこぼれ落ちそうだったから。
 
そうやって、押し寄せる涙に耐えながら細やかに震えていたシホの耳に、ふいに信じられない声が届いた。
 
吹き出すのが聞こえ、次には切れ切れながらの笑い声。
 
それは、初めて聞く明るい明るい笑い声。
 

本人も不本意なことらしく、必死に口元を手で抑える。
 
しかし、笑いの波が収まらないようで。
 

ひとしきり笑いきってしまった。
 

「…………た、隊長……?」
 
シホは驚愕のあまり、ただただ目を丸くする。
 
ぽかんとしたその表情に、イザークははっとし、瞬時に顔をシホから背けた。
わざとらしい咳払いをする。
 
「………あー……いや………気にするな」
「………それは………」
 
私が髪で隊長をひっぱたいたことをですか?
それとも
 
「隊長が大笑いなさったことをですか………?」
「………どっちもだ」
 
ばつの悪そうに、ぶっきらぼうな―――いつものことだが―――声で言うイザークに、シホははぁ、と頷く。
 
「了解、しました」
「………うむ」
 
低い頷きを返し、イザークはもう一度わざとらしい咳払いした。
 
「あー………シホ」
「はい」
 
名を呼ばれ、シホは少しだけ姿勢を正す。
イザークはゆったりとした動作で腕を組みながら
 
「お前、しっかりしているように見えて実は危なっかしい奴だろう」
「えっ」
 
いきなりの言葉に、シホは目を大きくする。
そんなシホの様子にイザークは小さく笑いを漏らし、そっと手を伸ばした。
 
くしゃりと、シホの頭を撫でてやる。
 
「お前を見ていると、たまに冷や冷やさせられる。気をつけるんだぞ」
 
それだけ言って、イザークはシホに背を向け去って行った。
 
「…………」
 
白い制服の後姿を、シホはぽかんと見つめていた。
 
おもむろに撫でられた頭に手をやり、先ほどのことを反芻する。
 

見ていると、危なっかしい………?
隊長は、私を見てくれていることが、ある………?
隊長が、私を………
 

シホはかぁぁっと、顔を朱に染め上げた。
熱くなった頬を、両手で包む。
 

緩む頬を、必死に食い止め様としていた。
 

自惚れてはいけない。
自惚れては、駄目。
 

でも
 
「………嬉しい………」
 

幸せそうに微笑み、シホはぽつりと呟いた。
 

一方通行な視線だと思っていた。
 
あの人は私のことなんて見てくれはしないと思っていた。
 

でも。
 

見ていてくれた。
 
 
 
欲張りかもしれないけれど。
 

いつか、あの人との視線が絡んでくれればいいな…………
 
 
 
ほんのりと、そんな願いをシホは持ってしまっていた。
 

END
 

‐あとがき‐
 
久々UPがイザシホです。
初・イザシホです。
 
えぇ、また影響ですョ(偉そうだ)
 
アウメイに引き続き、影響されまくりですョ。
 
あぁ、でも駄目だ。
シホを全然知らないから、上手く書けなかった………!(悔)
 
これは元々拍手ようにお題挑戦しようと思って書き始めたものでしたが、拍手ようには長くなりすぎたので普通にUP。
 
あぁ、消化不良………(そして逃走)
 

UP:05.03.12