「………誰?」
馬小屋の戸口に立ったステラは、小首を傾げ、尋ねた。
そんなステラに、中にいた者たちが一斉に目を向ける。
「まぁ、ステラさん、お帰りなさい」
「お前どこまで行ってたんだよ」
「道に迷わなかったか?」
マリア、アウル、スティングがステラに言葉をかける。
他にも小屋の中には、宿屋の娘とヨセフと………
「あ、ヨセフさん」
マリアの隣に座るヨセフの姿を見とめ、ステラは目を瞬かせた。
すっかり忘れていたが、ステラはヨセフを探しに出ていたのだ。
マリアはあらあらと頬に手を添えた。
「すみません、ステラさん。あなたが出ていってすぐにヨセフさまは帰ってこられたのです」
「ごめん、探してくれてたんだってね。ありがとう」
マリアとヨセフは苦笑いをステラに向け、謝った。
ステラは忘れていたことを言おうかと思ったが、何となく面倒になってやめた。
それよりも、気になることがある。
「そこの人たち………誰?」
帰ってきた瞬間にも尋ねたことを、再びステラは尋ねた。
指差すのは、立派な衣装を纏った二人の少年少女。
そのうちの一人、少女の方がステラににこりと笑いかけた。
「こんにちは。あたしはルナマリア。それでこっちはレイ。異国からやって来た博士よ」
「え……異国の、博士………?」
ステラは目をしばたかせると、戸口の外を振りかえった。
「シン……あなたの仲間の人、もう来てたみたい………」
「えぇ!?」
驚愕の声が外から響いてきた。
そしてシンが戸口から顔をのぞかせる。
「あっ!」
「あ………」
「あ――――!」
シン、レイ、ルナマリアの順で声を上げた。
「シンっ!あんたどこにいたのよ!?」
ルナマリアは眉を思いきり寄せ、シンに詰め寄る。
シンはステラの背後に隠れ気味になりながら
「み、道に迷って………」
「勝手にうろちょろするからでしょうっ。気付いたらいなくなってるんだもの、びっくりしたわ!本当に子供なんだからっ」
「こ、子供じゃないっ」
「じゃあ、迷子になるんじゃないの!」
ぴしりと言われ、シンは言葉に詰まった。すると、ステラがぽつりと呟いたのが耳に入ってくる。
「やっぱり、迷子だったんだ………」
くすっと笑いを漏らしたステラに、シンは顔を真っ赤にして、うなだれた。その首根っこをルナマリアは容赦なく引っつかむ。
「ほら、しゃんとしなさいっ。救い主をしっかり拝ませてもらうのよ!」
ずるずるとシンを引きずり、救い主の眠る飼葉桶の前に放り出した。
顔面から地面に転がるシンに、マリアはあらあらと目を瞬く。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……あ、初めまして。救い主のご両親ですか?」
「えぇ、マリアと申します。こちらは夫のヨセフ」
「初めまして」
微笑む夫婦に、シンはにへらと笑い返した。
そして、いずまいを正し、慎重に、飼葉桶を覗き込んだ。
すやすやと眠る幼子に、頬を緩ませる。
「………可愛いなぁ」
シンは感嘆の声を漏らした。
ふと、幼子の体に、うっすらと光が纏われていることに気がつく。
その光はシンが確認するとすぐに消えてしまった。
……あぁ、この子供は本当に神の加護を受けた救い主なんだな………
シンは改めて、救い主の存在を心にとめた。
ルナマリアとレイを振り返り目配せすると、彼らは揃って頷いた。そのままシンの隣に並んで膝をつく。
シンはヨセフとマリアを見上げ、懐から綺麗な箱を取り出した。
「救い主に、贈り物を捧げさせていただきます。俺からは、この黄金を」
そう言ってシンが飼葉桶の前に箱を置くと、隣の二人も同じように
「あたしからは、乳香を差し上げます」
「没薬を、捧げます………」
そう言って、取り出した箱を置いた。
ヨセフとマリアは顔を見合わせ、穏やかに微笑む。
「ありがとうございます……皆さんに祝福され、この子は本当に幸せです………」
「この贈り物は、有難く頂くよ。この子の生まれて初めての頂き物なんだし。大事にするね」
この両親の反応に、三人の博士はほっと胸をなでおろした。
実のところ、受け取ってもらえるか不安もあったのだ。
その様を静観していた羊飼いたちは
「すごい贈り物だな。俺たちには一生縁のない高級品ばかりだ」
「いいよなぁ、身分の高い博士は。あれって一種の自慢じゃない?」
けっと吐き捨てるアウルに、ステラがぽつりと言った。
「……シンは、そんなことする人じゃない……と思う」
「なんだ、ステラ。あんな奴かばうのか?」
「別に………」
「はーん……何か怪しいなぁ」
先程のし返しだとばかり、アウルは意地悪く笑う。そんなアウルにステラはぼぅっとした顔で首を傾げた。
「何が、怪しいの?」
「………」
全く意味のわかっていないステラに、アウルは張り合いがないのか、何でもないとそっぽを向いた。
ステラはきょとんと目を瞬く。
「ねぇ………」
どういうこと?
と聞こうとしたステラの言葉は、突然溢れた光によって遮られた。
この場にいる、三人の博士と宿屋の娘以外は、その光が何なのかわかった。
神の使いガブリエルと、そのお付きの天使の降臨だ。
「まぁ、お久しぶりですわ、ガブリエルさま、天使さま」
光の中から現れた二人に、マリアは嬉しそうに笑いかけた。
ガブリエルはにっと笑い返す。
「あぁ、久しぶりだな、マリア、それに……」
「ヨセフ、いい父さんやってるか?」
天使が手を軽く上げ、ヨセフに向かって言った。
ヨセフははにかむようの笑い、頷く。
「いい、かどうかはわからないけど、出来る限りは」
「それでいいんだよ。一生懸命やれば、な」
「うん……そうだね」
なぜか、友情のようなものが芽生えている天使とヨセフに、ガブリエルはふっと笑った。そして今度は羊飼いたちに目をやる
「お前たち、やっぱり来たんだな。来てよかったか?」
そう尋ねられ、羊飼い三人は顔を見合わせる。誰からともなく、頷いた。
ガブリエルはにっこり笑い、次に驚きに言葉を失ってる博士たちと宿屋の娘を交互に見遣る。
「お前たちとは初めてだったな。私は神の使いガブリエル。こっちは」
「その恋人兼お付きの天使」
「……らしい」
「えっ、否定しないのか!?」
ぱっと顔を輝かせた天使に、ガブリエルは疲れたように薄ら笑いを浮かべた。
「もう、そのやり取りは飽きた。勝手に言ってろ」
「あぁ、勝手に言っておこう!」
嬉々として天使は頷く。ガブリエルは深くため息をつき、宿屋の娘の方に体を向けた。
「まず、宿屋の娘。イエス誕生の手助けをしてくれたこと、大変な働きだった。私からも感謝する」
神の使いガブリエルからの礼に、アウルの背中に隠れ気味だった宿屋の娘はふるふると首を振る。
「い、いいえっ、そんな……こ、光栄です」
ガブリエルは、にこりと微笑み最後に博士たちに向いた。
「はるばる遠き国よりよく来た。だが………お前たちはヘロデ王にある命を受けたな?」
鋭い声でさされたことに、小屋の中が静まり返った。
博士たちは互いに顔を見合わせ、ガブリエルを真っ直ぐに見つめる。
「確かに、我々はヘロデ王の命を受けました」
「それは、救い主の居場所がわかれば、知らせろというものでした………」
ヘロデ王が、救い主を探している。
この荒れた世を救う者を。
王が治める世を救おうとする者を。
つまりは、自らに害なす者を、王は探している。
それがどういうことか、小屋にいる誰もが想像できた。
張り詰めた空気に小屋が覆われると、慌ててルナマリアが声を上げた。
「でも、あたしたちはその命令に従うつもりなんてない。あたしたちは他国の博士。この国の王に従う義務はないわ」
必死に弁明するルナマリアに、ガブリエルは表情をふっと和らげた。
「あぁ、わかっている。お前たちはエルサレムを通らずに自国へ帰ればいい。だが………」
ガブリエルはヨセフとマリアを振りかえる。幼子の傍で緊張する二人に、強張った声で言った。
「たとえ博士たちがヘロデ王にこの場所を教えなくても、だ。奴はイエスを探すだろう」
見つけて、殺すために。
その言葉に、マリアは瞳を歪ませ、飼葉桶に眠る我が子を抱いた。
「そんな……なぜ、この子が……」
おののくマリアの肩を抱き、ヨセフはガブリエルを見上げる。
「ガブリエル、僕たちはこの子をどうやって護れば………」
「……エジプトに行け。そこで、神の知らせがくるまで留まっていろ」
エジプト。
そこはこのベツレヘムからは少し離れていたが、決して遠すぎる場所ではなかった。
ヨセフはマリアと一度顔を見合わせ、ガブリエルに頷いて見せた。
「わかった………早速今晩ここを出るよ」
「そうしろ。大丈夫だ、お前たちには神がついている。もちろん私と」
「俺もな」
そう言って、にっと笑うガブリエルと天使に、ヨセフとマリアは安堵の息をつく。
そしてガブリエルは羊飼いを見ながら
「お前たちも、帰ってイエスの存在を人々に伝えろ。それは後にイエスの助けになる」
そう言われ、羊飼いたちはこくりと頷いた。
「さぁ、お前たち。各々の旅路につけ」
ガブリエルは高々にそう言い、皆を送り出した。
ベツレヘムの町を出た所で、それぞれの道に分かれた。
「皆さん、どうぞお元気で」
イエスを抱きラクダに乗ったマリアは、優しい微笑とともに空いている方の手を振った。マリアの後ろに跨ったヨセフも皆に笑いかける。
「本当にありがとう」
そして、ヨセフとマリア、イエスはエジプトへと上っていった。
それを見送っていた三人の博士は同じように見送っていた羊飼いたちに向き直る。
「それじゃあ、あたしたちも帰るわね」
そう言って、ルナマリアがラクダに跨ぎ、レイも小さく頭を下げ跨った。
しかしシンはまだ跨ろうとしない。
「ほら、シン。行くわよ」
「あ、あぁ………」
腕に力を込め、ラクダに跨ろうとしたシンは、動きを止めた。そして、意を決したようにステラに振りかえる。
「ス、ステラ!」
「え………」
「また、またいつか会おうっ」
いつか、必ず。
それは先の見えない、叶うかどうかわからないことだった。
それでもシンは、ステラに約束を求める。
真っ赤な顔で、必死の顔で。
そんなシンに、ステラはきょとんと目を瞬くと、ふっと表情を柔らかくした。
「うん……また、会おうね」
「……っあぁ!」
瞳を輝かせ、シンは頷く。
そして別れを告げると、ラクダに跨り、先に行ったルナマリアたちを追って行った。
最後に残された羊飼いたちは………
「さて、俺らも帰るか」
スティングがそう切りだし、羊たちを動かし始めた。
アウルは、一度ベツレヘムを振り返る。
「……また、来れるよな」
そう呟き、羊たちを追いかけていった。
ステラは群がる羊たちの間を歩きながら、ぼぅっと考える。
どうやって救い主のことを皆に話そうかな………
自分の見たもの感じたものを全て人に伝えられる一番いい言葉は何か。
ステラは帰り道、そればかり考えていた。
これが、イエスが生まれた時の、周りの者たちが織り成した物語であった―――――
終幕
‐あとがき‐
やっと終わりました。
パロディ生誕話『birth』。
……クリスマス間に合わなかったよぅ(泣)12じすぎちゃった;
書けば書くほどこんがらがってきて、最後なんて完全オリジ入ってます。
六幕はオールオリジナル。七幕もほぼそうです。
博士と羊飼いがいい感じって、んなアホなって感じです;ありえないです。
己の好きなCPを生かす為に無理矢理話入れて……最悪ですね。
スイマセン。
ですが、ここまでお付き合いくださった方には本当に感謝しております!
ありがとうございました!よろしければ感想など頂けたら嬉しかったり。します。
UP:04.12.26